私が音楽を聴き始めた時はLP盤の全盛期でした。
 初任給が5万円くらいの時代、LPは2,000円ほど、
 輸入盤は3,000円以上もしたと思います。
 どれにしようか何度も何度も考えて、
 やっとの思いで買ったのを憶えています。
 それにしてもLPの紙ジャケットは大きくて素敵でした。
  
  何年か過ぎて、「時屋」という小さなクラシック喫茶を
 始めることになったのですが、カウンターの隅にジャケットを
 立てかけて、日々、音楽を流し続けました。
  今、思い出しても、その時聴いたレコードが
 私の音楽観の背骨になっているようです。
  
  そんなLPの写真を見ながら、音楽の記憶を
 たどって行きたいと思います。 


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.1  モーツァルト ピアノソナタ 15番 ハ長調 K545

          ワルター・ギーゼキング(P)

COLUMBIA 33CX 1358
                                             

 このレコードが手に入ったら、もうLPを買うのは
終わりにしようと心に決めていました。
CDの音に愛想を尽かし、かと言ってLPは生産中止になった
1980年代後半から90年代。
空白を埋めるかのように、中古のレコードに救いを求めました。
それも、できるだけ音が良くてジャケットが素敵な
初期盤を必死になって集めました。
欲しいLPが、ほぼ集まった中で、一番好きなこの曲が
入っているLPだけが、どうしても見つからなかったのです。

数年後、すっかり諦めていた私の元に仙台のレコード屋さんから
夢のような連絡が.......
これでもうレコードは買わなくて済みます。

 最初のLPの紹介が最後のLPの話になってしまいました。 

 .2 モーツァルト  ピアノ協奏曲27番 K 595

    クララ・ハスキル(P) フェレンツ・フリッチャイ(cond)

バイエルン国立管弦楽団

DGG LPM 18 383
                                           

 店を始めた頃、モーツァルトの音楽は、眩し過ぎるように
感じられ、それほど好きではありませんでした。
ただ、店で流すのには好都合でした。
人の会話も邪魔せず、どんな時も耳ざわりな音がしません。
 
 そんな思いを変えてくれたのが、このレコードだと思います。
一番最初に買ったのは、国内廉価盤のヘリオドール。
深緑のジャケットのレコードは、擦り切れるほど聴きました。
この盤のお陰で、モーツァルトの深遠さに触れられたと思います。

 その後、ようやく手にしたレコードが左のDGG
何回もカタログで探したレコード番号は、今でも覚えています。
ハスキルの真珠のようなピアノの音とオーケストラの響き!
ニ楽章の静寂感。その後、数多くのLP、CD、コンサートを
聴きましたが、これを超える演奏には出会っていません。

 .3 J..バッハ  無伴奏チェロ組曲 BWV 1007-1012

     パブロ・カザルス(vc

EMI  GR-2016   (1.2)
EMI  COLH.16  ( 1.2)
ANGEL COLH.17 (3.4)
EMI   COLH.18   (5.6)
                      

 GRという言葉を聞いて、東芝のレコードを
思い出す人は50才以上だと思います。
紺色と金色のジャケットは、とてもシックでした。
今は無き、新潟の石丸電気さんで何枚買った事でしょう。

 中でも名盤中の名盤と言えば、カザルスの無伴奏。
SP音源のこのLPは、針音こそしますが、
芯のある骨太のチェロが聴こえてきます。

 楽風舎のスピーカー「シーメンス オイロダイン」を
最初に聴いた時もカザルスのチェロでした。
言葉が出ないとは、あの時の事を言うのでしょうか。
音楽のすごさを思い知らされました。

 .  鳥の歌 (カタロニヤ民謡、カザルス編曲)他

パブロ・カザルス(vc) ミエチスラフ・ホルショフスキー(P)
                                 
アレクサンダー・シュナイダー (vn

COLUMBIA KL 5726

 カザルスと言えば、このLPも紹介しない訳にはいきません。
カザルスが間もなく75歳になろうとしている1961年11月。
ホワイトハウスにおけるコンサートのライブ盤です。
ジャケットの写真の最前列には、若きアメリカ大統領
..ケネディ夫妻が着座しています。

 このコンサートの最後を締めくくるのは鳥の歌。
ホルショフスキーのピアノのトレモロの後から
カザルスの祈りの歌が聞こえてきます。

 録音として残っている事に、ただ感謝するしかありません。

 .  ブラームス 間奏曲集 (10 INTERMEZZI FOR PIANO)

グレン・グールド (P)

COLUMBIA ML 5637


 旅行で京都に行った時の事、四条のレコード屋さんの
飾り棚に、このLPがありました。
グールドの数多くの録音の中で、一番多く聴いたのが
このブラームスの間奏曲集。
迷わず大切に荷物の中に入れ、旅行のお供となりました。

 雨が降った日や、夜遅くに、小さめのボリュームで
流れるピアノの音は.....

 最近、このオリジナル盤と同じジャケットでCD
になりました。音もとても良くなったように感じます。
昨日、CDショップ「コンチェルト」さんに
立ち寄ったら、2枚もありました!

.  J..バッハ ゴールドベルグ変奏曲 BWV 998

グレン・グールド (P)

COLUMBIA ML 5060


 先日、喫茶店で珈琲を飲んでいると、心地よいジャズの
BGMが流れてきました。
どこかで聞いた事のあるメロデイーです。
しばらく耳を澄ましていたら、なーんだバッハのG線上のアリア
ではないですか。

 おそらく、バッハほど、さまざまなジャンルの音楽に
アレンジされている作曲家は、いないのではないでしょうか。
裏を返せば、それだけ旋律が美しく、自由さと普遍性が
あるという事でしょうか。

 上の言葉で、真っ先に思い出されるのがグールド。
1955
年に、このレコードでセンセーショナルなデビューをしました。
初めて聴いた時、颯爽として、湧き出るようなピアノの音に
衝撃を受けたのを憶えています。

 録音されてから半世紀以上が過ぎましたが、グールド以上に
バッハの何でもあり。裏を返せば、揺るがない、本質的なものを
レコードに写したピアニストは、いないと思います。

 ちなみに、最初に買った国内盤のジャケットがグールドの
スタジオ録音中の、連続写真だったという事は、このLPを買ってから
初めて気が付きました。

 .7  J..バッハ  教会カンタータ集  


           カール・リヒター(cond)
   
           ミュンヘン.バッハ./合唱団.

独アルヒーフ 198402


 昔、新潟の古町に、名曲堂というレコード屋さんがありました。
間口は狭かったのですが、奥行きのある店の高い棚に
このアルヒーフの、輸入レコードが飾ってありました。
 見開きのジャケットに、厚いレコード盤が収められています。
センターレーベルは、きれいな銀で、指紋が付かぬよう気をつけて
扱った記憶があります。
 
 あの頃、バッハの宗教曲といえば、リヒターを抜きには
考えられませんでした。この後、登場すると思いますが
受難曲やミサ曲は、カンタータと共に、狭儀の宗教という枠から
完全に突き抜けている存在だと思います。

 それにしても、グールドとリヒター、二人とも
天国に行くには少し早過ぎました.....

 .8 恋こそはすべて ( LOVE IS THE THING

ナット・キング・コール(vo
 
東芝EMI T 824


 一日中、クラシックを流している喫茶店の閉店後に
一番多く聞いたのが、このLP。
 
 
恋に落ちた時(WHEN I FALL IN LOVE)で始まり
恋こそはすべて(LOVE IS THE THING)で終わる
この素敵な、ラブ バラード集を聞くと
そのころの、夜の店内が目に浮かびます。
 後片付けが終わるころ、カウンターの上には
珈琲に代わって、お酒が並びました。

 ナット・キング・コールのビロードのような歌声は
友と飲む安い酒を、至福のものに変えてくれました。

 . ベートーヴェン 交響曲 第九番「合唱」


     ウイルヘルム・フルトヴェングラー (cond
          バイロイト祝祭管弦楽団、他
 
HMV1286/7


 ベートーヴェンが、「何で私の曲が出て無いのだ!」と
怒っている声が聞こえてきそうなので、この有名なLPを。

 とにかく、ベートーヴェンほど、喫茶店に向いていない
作曲家はいないと思います。
 その一番の理由は、聞き流せない、という事に尽きると思います。
お客さんが、おしゃべりしてるだけで、イライラして来ます。
 初期のピアノ曲や室内楽は、まだ良かったのですが
中、後期の弦楽四重奏、ピアノソナタ、そして交響曲は
ほとんど閉店後に聴きました。

 「時屋」でも、大晦日になると、居残ったお客さんと
ボリュームを上げてフルトヴェングラーの第九を聴くのが
恒例でした。

 その後、レコードは初期盤になっても、若いあの頃
みんなで聴いた高揚感は、もう戻ってはきません。

.10 緑の地平線 ( HORIZON

  カーペンターズ

キング GP 235


 このLPが、あの日、あの場所で流れていなければ
私の人生は、大きく変わっていたと思います。

 オーディオと音楽に目覚めた、その店との出会い
なければ、クラシック喫茶も始めなかったと思います。

 まず、カレンの声のリアルさに仰天しました。そして
その後に出てくる、聴いた事の無いバスドラムの低音に
また口をあんぐり...。
 
 その後、店に入り浸るようになり、ジャズやクラシック
が好きな人たちの影響も受けて、徐々に深みに...。

 そんな思い出が、よみがえる緑色のジャケットです。
あの時のみなさんは、お元気でしょうか...。 


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